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「だつて、喜作さんはこの土地にはいないでせう」
と云ふ、思ひがけないほどはつきりした声で差し出した。そして、又淡泊なさつさとした足どりで台所の方へ去つた。
「いや、いや」
それから、房一は歩きながら漠然とした沈思に落ちた。
その時、ふいに或る戸口から一人のひよろ長い男が、一度敷居につまづいてそのはずみで飛び出した工合に、明い路上に出て来た。帯がほどけてる、と見えたが、さうではなかつた。あんまり着物の前がはだかつて、したがつて腰から後裾にかけて長く引きずつたやうになつていたせいだらう。
「をかしいから笑つたのだ」
「なにぶん山の中でございますから、折々にこんなことがございます。」
「こゝの消防演習をやつたのだ。そんなに騒ぐことはない」
川沿ひに細長く続いている河原町の通りは、地勢のせいでゆるい下り勾配をなしていた。所々で屋並みが切れて、そこには茶畑があつたり、空樽が乾してあつたりするかと思ふと、次の空地にはどこの家で使つているのか判らないやうな大きな井戸がその円く肥つた腹のやうな焼物の縁をたゞあつけらかんと日に照されていたりした。
房一は慌てて、診察にかゝつた。その後で彼は云つた。
「あ、いゝ、いゝ。なんでもありやしない。今すぐ行かう」
徳次はいつのまにか腕組みをしていた。あのあてずつぽうな、そゝつかしい、力りきんだ様子が現れていた。
徳次は急に目くばせをした。