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「何かの、それは」
やつとこさ、さう云つた。まだ本当とは思へない、だが他には考へやうもない、そのたつた一つのことが、彼が医者としてあんなによく知り抜いている生理上の一現象が、又当然いつかは起りうると承知している筈のことが、今や目の前へぶら下げられた一包みの果物か何かのやうに、突然そこに持ち出され、いやでも彼の全注意を惹いているのであつた。いや、それどころではない、今そこに立つている盛子、白い割烹着に包まれ、すらりとした伸びやかな身体までが、その微笑している切れの長い眼つき、悪戯いたづらつぽさと羞はにかみとのまざり合つている様子だの、そのすべてが、何かしら微妙な、手で触れにくい、不思議な物として見えたのだつた。
根津が箱根における化物話は、それからそれへと伝わった。本人も自慢らしく吹聴していたので、友達らは皆その話を知っていた。
威勢よくやつて、相手にされると腰を落ちつけて、人の好さがまる出しになつて、大声で喋りまくる。と云つても、彼自身には何の話の種もないので、多くは人の相槌を打つたり、今他人から聞いた通りのことを彼の声音で何か別の話のやうに見せながら話すだけなのである。
「いや、もう御免蒙つて脱いで行かう」
「徳さん。追鮎は君のといつしよに活かしといてもらはうか――どつこいしよ」
小谷はやさしみのある顔をぽつと紅らめ、いくらか饒舌になり、それと共によけいきいきいする声で話した。
「それで、何かね。ドイツ兵は徒歩てくで通るんかね」
例年の冬は仕事ができない習慣であったが、伊東へきて、仕事ができるようになった。伊東は南国だといっても、ちょッと南へ下ったというだけのことで、東京からくる人には暖かさが感じられても、住む身には分らない。仕事ができるのは温泉のせいだ。ぬるい温泉のせいである。つかっていて汗ばんでくる温度だと、温度に同化することはできないものだ。
房一も口少なに、親しげに徳次を見まもつていた。子供の時とちつとも変りのない、きよろんとした大きな落ちつきのない眼、気短かさうな筋の立つた前額、うまく口のきけない、話すたびに何かにひつかゝつたやうな動きをする口もと、――それらは何もかも昔のまゝだつた。いや、それらの顔形は部分的には子供時分のものとはかなりにちがつていた。だが、目に入る顔形のそれぞれは、悉く何かしら思ひ出をよび起すものであり、それによつて顔形の奥の方に在るもの、かんしやく持ちで、へうきんで、人の好い徳次といふ子供を、その魂といつたやうなものを、ありありと浮び出させるのだつた。馴染深い、気の許せる、ふしぎな心の温味。
房一の老父、道平が二三日前に倒れたのだつた。そして、今、練吉に対診を求めて来たのである。
これらの、過去一年あまりの中に或ひはひよつこりとした凸起をなし、或ひはまはりをぼかしたまゝ遠のいているさまざまな出来事のうちで、たつた一つのことが抜け出し、それは一向に過ぎたことにならないで依然としてつゞき、絶えず現在として変化し、房一に或る影響と関心を与へているものがあつた。たつた一つ――それは盛子の妊娠であつた。
房一は鬼倉に向つて叮重ていちように云つた。