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「何しろ、わや苦茶だ」
彼は今泉からドイツ兵の捕虜と聞いたとき、かつて若い単純な頭にはげしい印象を灼やきつけられた、ロシア兵達の驚くべき腕の長さ、のろい大まかな身振り、何とも解しがたい瞬時に大きく開かれたり又縮まつたりする碧い眼や唇の動き、――それらは今徳次の目の前に突然鮮明な記憶をよび起したのである。
「わたしはね、こいつは割れさうだなと思つたもんでね」と、笏で自分のはいている木沓を指して、
云ひながら、ぽんと軽く下腹をたゝいてみせた。そして、微笑した、悪戯いたづらつ子のやうな目つきで、ぢつと房一の顔をのぞきこんだ。それは驚くほど巧みな打明けだつた。
「はい、若先生に代りに行つてもらへとおつしやいました」
「あれですな、さういふお話をうかゞふと、貴方ほどの努力家は東京に残つて研究をつゞけられた方がよかつたかもしれませんな。よく又、こんな田舎に帰る気になりましたね」
今の家へは、温泉がぬるいというのを承知の上で越してきた。
徳次は一種くさめをする前のやうな、煙けむたげな表情になりながらわき見をしたり、房一を眺めたり、どぎまぎして答へた。
見たことのない顔だつた。患者なら玄関から来る筈だ。
「うん、もうさつき帰つたよ」
「いや別に忙しいこともありませんですよ」
控へ目に坐つて、注いだ茶碗を盆の上に揃へると、
「どうして又今まで黙つていたのかね」